「和声学を学ぶために必要な「予備知識」とは?」プロの指揮者・岡田友弘氏から悩める学生指揮者へ送る「スーパー学指揮への道」第14回




管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。

主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)

コラムを通じて色々なことを学べるはずです!

第14回は「和声学を学ぶために必要な「予備知識」とは?」。

いよいよ皆さん大好き「ハーモニー」の話に入っていきます!(ちなみに今日のアイキャッチはヒンデミットです)

さっそく読んでみましょう!


合奏するためのスコアの読み方(その9)

今までのコラムでは皆さんに音楽と合奏に必要最低限の「音楽の理論」つまり「楽典」についてのお話をしてきました。できるだけ分かりやすく・・・と思いながら書いてきましたが、回を重ねていくにつれて少し難しくなってきたかもしれませんね。でも諦めないでください!何回も読み返していくことで内容が少しずつ自分の中に入ってくる感覚が芽生えてくると思います。楽器の練習でも最初はうまく曲を演奏することができなくても、練習を重ねていくにつれてだんだんと曲を理解し、楽しくなっていくものです。わからないことは変なプライドは捨てて先生や先輩、同級生や後輩の音楽に詳しい人たちにどんどん聞いて、自分の知識として吸収していきましょう。もちろん僕もそのお手伝いをしますので、どうぞ遠慮なくお知らせください。傾向として「指揮者」になる人が苦手なのが「変なプライドを捨てて、虚栄心を持たないこと」なのではないか?と自分の若い頃を思い出して感じます。どうしても「自分の弱いところを見せること」に恐れを持ち「自分がいかに他よりも優っているか」という他者との優位性を保つことばかりを考えてしまいがちですが、そのようなことをしても周りには全てお見通しです。一番強い人間というものは「自分の弱さまで全てを他人に見せることができる人」であり「自分の弱い部分を認め、他人に教えを乞うことができる人」なのではないかと思っています。そのような人物には必ず「力強い仲間」や「支援者」がたくさん集まってくると思っています。決して一人になることなく、かけがえのない仲間との濃い時間を楽しく過ごして欲しいと思います。

§1.スコアを読むための「和声法」の基礎

さて、いよいよ皆さんも知りたいと思っているであろう「和声法」のことを数回シリーズでお話ししていきます。合奏でも指揮者や先生が「ここのハーモニーは・・・」などとお話しすることがあるかもしれませんね。それを聞いて「言葉の意味はよくわからないが、なんだかカッコいいな!」と憧れの気持ちを持ってその言葉に耳を傾けていたかもしれません。一方「ハーモニー」のことは難しいし、範囲も広そうだから、どうすればいいのかわからない」というのもまた正直な気持ちかもしれません。「和声学」のみならず音楽理論の諸分野「対位法」や「楽式(音楽の形式)」、または「音程や音階」「調性」や「リズム」や「拍節法」などを詳しく解説すると、どの分野も膨大な内容になります。それぞれが1分野を形成することができるような深く広い内容です。もちろんそれらが横断的に関連し合いながら「音楽の理論」は完全な形を成し、音楽作品を創造していくのです。その中でも「和声法」は長い歴史の中で音楽家や作曲家、音楽学者によって研究されてきました。そして歴史が進んでいくにつれてそれは発展し、新しい響きが取り入れられながら現代まで、私たちが親しんでいる音楽の重要な部分を占め、音楽家や音楽を愛好する全ての人を惹きつける魔力を持つものとなっています。ですから「和声法」の全てを網羅するのはこのビギナーズコラムではしません。和声法の基礎的なことについてのお話をして、その先のことはより詳しい専門書にお任せしたいと思います。全世界に「和声学」の名著というものがたくさんあります。皆さんが興味を持って取り組めそうな本を発見して、それを極めていって欲しいと思います。そのための準備として、これからお話しすることを自分のものにしていきましょう!

§2.和声法を学ぶための予備知識

コラム第4回第5回でスコアを引用したドイツの作曲家ヒンデミットを覚えていますか?ヒンデミットは作曲家だけでなく、指揮者、ヴィオラ奏者としても一流でした。プロのヴィオラ奏者としてドイツを始めとして世界的に活躍するほどの素晴らしい実力を持った人物でした。

そのヒンデミットは教育者としても素晴らしい功績を残しています。それは特に第2次世界大戦中にドイツから亡命し、アメリカのイエール大学で教鞭をとっていたときの著作が有名で日本語訳もいくつか出版されていました。その中に「和声学」の著作もあります。その「和声学」(第I巻)の第1章には和声学を学ぶために必要な「予備知識」についての記述があります。ヒンデミットが「予備知識」としてその必要性を示しているのは以下のことです。

・長音階

・短音階(各形式)

・調性、五度圏

・調号

・音符と休符の価値(音価)

・高音部記号と低音部記号

・各形式における音程

僕もこのコラムの項を書くにあたり、この本を読み返して驚きました。これまでのコラムでお話ししてきた音楽の基本的なお話の全てがヒンデミットが和声学を学ぶための予備知識として必要としている事柄だったのです。これまでのお話がここにつながっていたということです。つまり皆さんは、ヒンデミットが求めている「予備知識」を知らず知らずのうちに習得していたのです。

*忘れていたら過去記事をもう一度読んでみよう!

コラム第7回「ドレミの音名と音部記号」§3

コラム第8回「音階と教会旋法」

コラム第9回「短音階と導音~音楽とエネルギーの話」

コラム第10回「本来の「音程」の意味と転回音程」

コラム第11回「五度圏と臨時記号」

コラム第13回「協和音程と不協和音程~すべては緊張から解放へ」§1~§4

つまり皆さんは、これから和声を学ぶための準備が完了しているということです。ですから自信を持ち前に進んでいきましょう!

§3.和声理論の要点

今回扱うのは伝統的な作曲法や発想法にとって重要な音の重なり(和声、和音)です。「伝統的な」とは私たちが日常触れている「調性音楽」、または「旋律のある音楽」の意味で用いられています。

和声進行とは「音楽の動き」の一部分です。ある音の重なりからある音の重なりへ移行しながら進みます。その時、近親関係(同主調、平行調、五度圏上(属音上、下属音上))にある和音や遠隔関係(それ以外の関係にあるもの)にある和音を連結することによって緊張の落差が生じます。緊張の落差とは「緊張から弛緩へ向かう力の方向性」であり、その「緊張度の度合いの差」のことです。この緊張の落差は調の近親関係だけでなく、それぞれの音階の「主和音(音階の第1音(主音、I)上の3和音)からの距離」にも関係があります。

忘れていたら過去記事をもう一度読んでみよう!→コラム第13回「協和音程と不協和音程~すべては緊張から解放へ」§5,§6

§4.自然倍音と和音

コラム第12回で振動数のお話をした際に「モノコード」の弦の長さを変えるとその振動数に基づいた音が鳴るお話をしました(*忘れていたら過去記事をもう一度読んでみよう!→コラム第12回「音程の違いが引き起こすこと」§2)。それを順番に並べたものは「倍音」の列と一致します。「倍音」という言葉を聞いたことはありますか?「音程が合うと倍音が聴こえてくる」とか、「豊かな倍音を含んだいい音で!」とか・・・合奏の中でそのようなことを話していた先生や先輩がいたかもしれません。このように話題になるくらいですので、倍音は音楽にとって非常に重要な意味を持っています。倍音についてはいろいろな本で、たくさんの人が述べています。ここでは音楽辞典の「倍音」の項目を引用してみます。

倍音(ばいおん・harmonic overtone(英))

基音の振動数に対して整数倍の振動数を持つ上音(基音の上方に現れる音)をいう。弦の振動によって発生する上音は、だいたい倍音を構成する。倍音の呼び方は、基音の振動数の倍数によって(基音を1とする)、第2倍音、第3倍音、第4倍音・・・第n倍音と名づけられる。低音Cを基音とした倍音列は以下の表のようになる。倍音は豊かな音色を形成し、基音の高さを明確に感じさせる機能をもち、2個以上の音の協和にも関する。例えばこの譜例によっても明らかなように、第6倍音までの倍音は長三和音を構成する。しかしある基音から生ずる倍音列(自然倍音列)からは短三和音を見出すことはできない。

(新音楽辞典 楽語(音楽之友社)より引用)

小鍛冶邦隆監修・大角欽也、照屋正樹、林達也、平川加恵「楽典 音楽の基礎から和声へ」(アルテスパブリッシング)より引用

新たに登場した音楽用語については後述しますが、上記の倍音列のなかに、長三和音(第1~第6倍音)、属7和音(第7倍音)、属9和音(第9倍音)を聴くことができます。つまり「和音という音の積み重ね」において倍音の果たす意味というものは非常に大きいのです。

今示した倍音列の表では「音の垂直方向への積み重ね」である和音との関係を十分に可視化することができないと思いますので、もう一つの表をみてみましょう。

「ソルフェージュ」オルスタイン著(白水社)より引用

この図は「倍音ピラミッド」と呼ばれている表で、自然倍音列を垂直方向に積み重ねるように記譜したものです。この表の中の第4倍音から第9倍音の間に含まれる区分(場合によっては第13倍音)に構成される音の積み重ねの種類によって主な諸和音が生まれました。これが「倍音と和音の関係性」です。

倍音と和音の「ただならぬ関係」について理解できたでしょうか?自然倍音を覚えることは今後の和声の知識を習得する際にも非常に役に立ちますので、是非「倍音ピラミッド」の表を見て覚えておきましょう。

それでは次回から本格的に和声理論の基礎について学んでいきましょう!だんだんと「スコアを読んで、曲を合奏する」ための基礎体力が充実してきたと思います。根気強く、しかし楽しく音楽に親しんでいって欲しいと願っています。

次回もお楽しみに!

→次回の記事はこちら


文:岡田友弘

※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。


 

以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。

それでは次回をお楽しみに!

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岡田友弘氏プロフィール

写真:井村重人

 1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。

 これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。

 彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。

日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。




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